2011年3月11日金曜日

地震

食器がさんざんでしたが大丈夫です。とりいそぎ。パソコンメールはつながりません。心配してくださったかたがたありがとう。

2011年3月1日火曜日

すまい自己流 エプロンがめんどくさい

毎回毎回、用のある時にエプロンをするのはめんどくさいのです。簡単に着脱できるものにしたってなんだかめんどくさいのです。どんなにかわいらしくても粋でもオシャレでもハイカラでもめんどくさいのです私は。最近短いカフェエプロンなるものもありますがこれもねぇ。洗濯だって他の洗濯物に、紐がからまってそうでなくても洗濯嫌いの私がより一層に。だからといって何もないのも無防備すぎる時があります。普段着のままにしても、シンク周りを掃除したり食器洗浄機に入りきらなかった食器を手洗いしたりしたあと気がつけばお腹の部分がびしょびしょになっています。そういうときに限って幼稚園の迎えの時間が近かったりします。
そこでそういうときだけ使うエプロンとして考えたのがバスタオルを胴に巻きエプロン代わりにするということです。 丈を守りたい部分に応じて変えることもできますしワンタッチですし、手もふけますしフォーク・スプーン程度なら手を拭かない部分で食器拭きとして使えます。
几帳面な人はそれ用のバスタオルを決めておいたらいいと思いますが私は他と区別しません。区別するとこの便利さの魅力が半減するからです。別に衛生上も問題ないわけでありまして。

2011年2月28日月曜日

アイヤイヤイ

2才9ヶ月の娘2が2語で言葉を出すようになりました。歩くのも遅かった(1才6ヶ月)ですが、ま、これは1才7ヶ月でやっと歩いた娘1よりは早い記録です。そんなふうに比べてはいけないのですけど娘2はなかなかしゃべらない子で姉の同時期よりずいぶん遅れていました。きっかり1年くらい。でもようやく2語での言葉がでるようになりました。「あっち行く」「これ開けて」「あんぱんまん見る」「ごはん、おかわ」(ごはんおかわりのこと)。
私のことを「アイヤイヤイ」と呼びます。なにかの掛け声かと思っていたら、どうやら私のことなのです。最近気づきました。なんでアイヤイヤイなのか謎です。でもアをはっきりとイを小さく発音するとなんとなくオカアサンなのでしょうか。
「あれぇ?あれぇ?おちちぃー。ない~、あっ、あったあった」これを聞いたときは参りました。いつも散らかった部屋の中で色んなものを探す私が一日に一度は言うからです。「あれ?あれぇ?おかしいなぁ。ない~、あ、あったあった」
それから言葉とは関係ないのですが自分の木製台所でガスコンロのねじを回すとき火を覗き込む しぐさをします。どこでみられているかわからないのがこれからますます苦笑です。二月もう終わりですね。

2011年2月27日日曜日

整体してもらい暦一年

 整体&マッサージしてもらい暦一年ほど迎えました。ブログでは触れていないだけで私はエアロビクスと月に一度の整体&マッサージだけはきちんと続いているのです。この二つはいまや私にとってセットです。エアロビクスで自分でも気づかない踊り方のまちがいや癖があれば必ず体に影響がでてくるでしょう、それを月一度でそんなことになってないか把握できます。エアロビクスをしていないにしても、人間はなくて七癖ですから左右対照完璧に生きている人なんていないなあと思うのです。
月に一度、駆使した自分の体をきちんといたわってあげるいい時間です。もうそんな時期にきているなぁとつくづく思います。10年後20年後の自分を考えていろんなことにチャレンジする話を時々耳にしますが同じことを私はまずは体にしています。

2011年2月26日土曜日

もういやと思う時~

私は今、怒りにみちみちながらこのキーボードをいつもより音をたてて叩いているのです。娘1にはもううんざりです。「お腹がすいた、パスタとウィンナーがたべたい、でもウィンナーはバスタの中に入れないで、別々にたべたい」というからその通りにしました。「わぁああ~」とうれしそうにするのはいいのですが、ありがとうの一言もない。「ありがとうは?」とかいうのももうめんどくさいのでしつけにしても言わなくなりました。それから私も小腹がすいたので娘のお皿にのっている5本のりっぱなバイエルンの1本をつまんで一口食べましたとたん「ぎゃああああああああ」と半狂乱で私に怒鳴るのです。
「なんでたべるの、お母さんのじゃないでしょう」すごい怒鳴り声です。ボリュームたっぷりのパスタに5本のしっかりしたウィンナー、そのうち1本は私用についでに乗せただけなのに。これなら小皿に自分用に1本のせて台所において後で食べればよかったんですけどそこまで騒がれるとは思わなかったのです。一瞬の殺意がめばえました。私は騒ぐ娘を無視してこの部屋に閉じこもってこれを打っているのです。娘が何がしかの反省の姿をみせるまで私はこのままぶっちぎってやります。
だれにでもそんな日があるのです。ああああ、私は35年も子どもなんていなかったのにその長い期間どんだけ自由で自分だけのために生きていたか、それをありがたいとかいちいち思わず生きてきたか、そのへんの感覚を忘れてしまいました。
例えば車ひとつ乗るにしたって、そう、暴れる子どもを押さえつけてチャイルドシートに付け、そこそこ嫌われてからベビーカーをトランクに積んだりします。昔は自分だけサラッとのってそれが当たり前だった・・・たまに窓をあけて富士山に向かってギャーと発狂することがあります。

2011年2月19日土曜日

雨水

雨水ではなくて「うすい」。「この日にお花を買って飾るとその年は幸せにすごせるといわれています。」と書いてありました。ダイエーの切花コーナーのポップにね。今年は2月19日でしたが来年はまた違う日のようです。
ここで一句「スーパーの花売場にて知る雨水かな」

2011年2月16日水曜日

いまわしい記憶

自分が年をとったな~と思うとき。最近薄い紙が重なったのをめくる時に指先をちょっとツバでしとらせた・・・半分無意識だったけど半分はじれったくて。季節柄指先がカサカサしていたのです。
まだウラ若かった頃世界中の人がそうしても自分だけはしないと決めたことのひとつがまさにこの「指先を舐めずにページや紙を繰ること」でした。
もうしないわ、ああ。けど少なくともそうする人達の気持ちがわかるようになったなんて。あのトラウマの渦に自ら身を投じてしまうなんて。
高校の時私は定年退職直前のじいさんに英語の授業を受け持たれてしまいました。「エックス」を「エッキス」とか今にも言いそうな英語の授業を2年も受けるハメになった、それだけでも 忘れたい記憶。
このじいさんがプリントを配る時にきっちり人数分を各列数えなくては気がすまない人でした。やぼったい整髪油の匂いをぷんぷんさせながらえらそうに配る。適当に配って最後列で調整したらいいやんか。もうおわかりかと思いますがその際にたっぷりと自分のツバで指先を湿らせて各列くばるのです。当時再生紙を利用したプリントがほとんどで指先の形がハッキリ薄茶色の紙にうかんでいました。列の数分しっかりと。
最後列以外の生徒はいいのです。そのプリントを避け、後へまわせます。最後列の生徒は最悪です、毎回英語の授業でプリントが登場する度、背中がゾクゾクするのを感じます。ツバ付のプリントを目の前に最後生徒同志、ため息と共に同じ空気を味わうのです。
そういうわけで前述の誓いを立てるのですが、あの時のじいさんの気持ちがちょっとわかる25年後の私が今いるわけです。
この一例からも学べるように世代ギャップのために若い人にげっそりされることがないように気をつけなくてはとおもいます、すくなくとも25年はわかってもらえないわけですから。