人魚は南の温暖な海でのんびり暮らしている者ばかりではありません。
昔、北方の冷たく暗い海に身重の人魚がおりました。その人魚はいつも寂しくおもっておりました。自分達は半分は人間なのに人間としては扱われたことはなく、いつも魚や獣と同様に考えられている。そう常々嘆いておりました。そして決意しました。一緒に暮らせないのはつらいけど、これから生まれてくるこの子は私のような寂しい一生を送らず、人間と暮らし、人間として生きてほしい。
ある夜、人魚は海から上がって女の子を出産し鳥居の脇に置いて行きました。
人間は動物なんかとは違い気持ちが優しくとてもすばらしいと聞いている。この子は人間と幸せに暮らせますように。
神様が祀られている山のふもとでろうそく店を営んでいるおじいさんとおばあさんがいました。夫婦には子どもがいませんでした。ある日おばあさんが神様にお参りに行って戻ってきたとき鳥居のところに赤ん坊がすてられていることに気がつきました。
「おや、お参りの帰りにこの子にあうなんて。これは神様が子どものいない私たちにお授けになってくださったに違いない」
と二人は大切にこの子を育てました。
女の子はすくすく成長しそれはそれは美しいりこうな子どもに育ちました。そして誰に教えられたわけでもないのにろうそくに美しい絵を描くようになりました。絵を描いたろうそくはたちまち評判になりました。それだけではありません、その絵付けされたろうそくを山の上の神様にお供えし、その燃え残りのろうそくを身に着けて海に出たらどんな嵐でも命をおとさずに戻って来れる、と噂されるようになりました。海難から身を守ってくれる霊験あらたかな神様として遠くの村まで聞こえるようになりました。そして続々と漁にたずさわる人々がやって来るようになり、ろうそく店はとてもいそがしくなりました。
娘は自分が人魚であることを大変恥ずかしく思い人前にほとんど姿を現すことはありませんでした。しかし何かの拍子にその姿を見た者は皆その美しさに驚くのでした。
ある日南方から香具師(やし)がやって来てました。娘の事をどこで聞いたかたまたま見かけたのかわかりませんがとにかく人魚を南方の人々に見せたいから売ってほしいと何度も頼みました。二人は
「神様が授けてくださった子どもだから売るつもりはない」
と断りました。しかし一度や二度断られたぐらいであきらめる香具師ではありませんでした。やがては
「人魚は不吉で一緒にいるとこれからどんな災難がふりかかるかわからない」
などと嘘をいいました。最初は頑なだったおじいさんとおばあさんもとうとうその言葉を信じてしまい、そしてお金にも目がくらんでしまいました。
やがて香具師は檻を荷車につんで女の子を連れに来ました。人間として生きてほしいという母親の願いもむなしくその檻はかつて動物や獣を運んだものと同じでした。
「おじいさんおばあさんおねがいです。私は知らない南に行くのはこわいです。どうかこれからも一生懸命ろうそくに絵を描きますから、私を売らないで下さい」と泣いて願いました。しかしもうそのころにはすっかりお金に目がくらんでしまったおじいさんとおばあさんは「さあ、さっさと行くんだよ」と娘の手を強く引っ張りました。
娘は連れ出される間際までろうそくに絵を描いて抵抗していたのですが最後にろうそくを数本真っ赤に塗り、悲しい気持ちの表れとしておいて行きました。 後半へ続く