2009年11月14日土曜日

秋のばら

娘の幼稚園は最近、銀杏吹雪を浴びながら登園しています。
左の松ぼっくりみたいなのも沢山落ちています。
私はこれを秋のバラと呼んでいます

2009年11月13日金曜日

リビングの襖はアルバム

リビングと和室を仕切る襖に気に入った絵やら写真を貼っています。まだまだ先が長いことを考えるとあんまり短いスパンでは貼れないので常に未完成ですが1枚目はほ埋まりつつあります。ビールやワインのラベルとかちょこっと記念になるものも貼っています。

2009年11月12日木曜日

あきらめました

 娘1はバレエ教室を10月末でやめました。ぜんぜんやる気を見せなくなったからです。再開したころのあのやる気満々な態度はただの気分だったようです。今度こそ末はプリマかエトワールかと嬉々と再開させたのに。時を同じくエリカちゃんもやめることに。エリカちゃんは他の習い事と重なったためですが、バレエは「またやりたい」と言い出しているのに対してヤツは「もうやりたくない」
 子供は親の思うとおりにならないというよくある言葉を産後4年あまりですでにかみしめているわけです。
もう自分から「何かやりたい」というまで何もさせないことにしました。当然でしょう。毎度連れて行くのも娘2もいることで結構手間だし何より先生にやめますというのも快い訳ありません。私はもともとグウタラな母親ですからね。
 その昔、私が通っていた幼稚園も放課後の教室でバレエ教室をしていました。友達のタカエちゃんがならっていました。私は習わせてもらえず滑り台の上に登ってそのレッスン風景をジーっと見ていたのです。
父親の従妹にその当時からモダンバレエで活躍している人がいました。父は幼少の頃からその従妹をかわいがっていたようです。それがある日バレエを通じて知り合った「気持ちの悪い男」と結婚した!それが気に入らなかったのが原因で父親のバレエの印象があっさり悪くなりました。私はそんなあほな理由で習わせてもらえなかったのです。「将来あんな気持ち悪いやつと結婚されたら困るからな」としばらくいってました。・・・オルゴールのねじを目一杯巻いて部屋で体育館シューズをはいてクルクル回っては一人、バレリーナ気分にひたっていました。そんな不憫な私がバレエにあこがれるのも無理はないでしょう?懲りない私、次なる娘2に期待を込めている最近です。まだ歩いてないけど。
 余談ながらあれから三十余年、その「気持ち悪い男」である遠縁の叔父・・私の父親の見解がそう間違っていたわけでもないようで、叔母は相談できるのはうちの父だけのようでなんだかんだ愚痴りに帰省しているようです。

2009年11月11日水曜日

あ~あ

最近自分で食べたがってこまります。
掃除機をかけると乾いたご飯のチャリチャリ言う音が
よく聞こえます。娘2一歳五ヵ月

2009年11月10日火曜日

ほのぼの

台湾鉄道「瑞芳」駅のホームにて。お弁当は冬場、毛布に包まれて売られていました。
子供たちを中心に周囲の人たちがなんとなくほのぼのしている雰囲気です。

2009年11月8日日曜日

働いてみて思った

この私も今じゃすべてを受け入れ観念してこの時期をマットウしようとしておりますが働いたことはあるんです。平塚に引っ越してきて娘1が一歳になったころ「こんな毎日もう耐えられない」と早々に近所の私立の保育園にあずけて職を得たのです。ちなみにうちの場合夫の給料から算定される公立保育園の保育料より私立の方が安かった。このあたりも私みたいな主婦が納得して働けないようになっています。さておき得た仕事というのは「子育て支援センター」にやってくるお母さんと子供達のフォローをする仕事。まあ自分も子供産んだことだしやってみる時期になったかなと思ったし市の一環でしている場所なので残業はないしカレンダー通りの休日、夫に迷惑はかからない範囲でした。時給は850円。
そして娘1を預けた保育園の支払い月5万円。ということは給料のうち60時間分は子供の保育園代にきえるということです。日給が850×6時間で5100円。週平均4日働いたとして給料は81600円。自分の給料として手にできるのはここから保育料差し引いた31600円です。
あら、ちょっとしたお小遣いじゃない、と思うでしょ。ところがどっこいよ。娘1は夜泣きが激しかったから明け方ヘトヘト、そこに家事をこなして9時頃家を出る毎日が私は理屈ぬきでだんだんきつくなりました。保育園の支度というのも色んな荷物を準備しなきゃいけないので忘れ物のないようにするのも手軽ではありません。そこへもってきて娘1がどんどん保育園でいろんな感染をしてくることへの対応。病院通いも増えました。洗濯なんて週末にまとめてドサッっ。部屋も毎日が竜巻一過のごとき散らかりよう。やがて娘1は滲出性(しんしゅつせい)中耳炎になり長期的な耳鼻科通いがはじまりました。
仕事が終わって迎えにいってから耳鼻科に直行。この中耳炎はなかなか治らず全身麻酔による手術が必要かという域に。働き始めて4ヶ月くらいたった頃でした。耳鼻科の先生が「お母さんが働き続けなければならないことを考えたら手術をして耳の中にチューブを入れましょう。そうしたら自動的に溜まった水がそこから外に出ます。毎回耳を突いて溜まった水を出すのはかわいそうですからね」とおっしゃいました。ガビーン。私が働いているのはこんなに大変でも自分の趣味の範囲を超えてない。手にする給料の金額からもこの毎日は夫にもいろんな我慢をさせているしどうしたって割り切れない。・・・私がはたらきゃなきゃいけない経済状態だったら夫にも子供にもどのような協力もしてもらうような説得力もあるんだろうけど私はそうではないから全てのマイナスは自分のせいになってしまう・・・と自責の念にかられる。水を得た魚状態と思っていた毎日は気分的に重たい毎日へと移行し、仕事もそうしていると楽しくない。それは利用者の母子にもなんとなく伝わるんじゃないかな。自分の娘を保育園にあずけて、似たような年の子供のお相手をするというのも葛藤の火に油を注ぐ結果となりました。
「私が仕事をやめ、保育園を辞めさせれば子供は手術しなくてよくなりますか?」と先生に聞きました。「それができるなら快方に向かうかもしれませんね」と言われ、かくして半年足らずでせっかく得た仕事を辞め娘の中耳炎は間もなく完治、娘2が生まれ、現在に至るというわけです。おしまい。

2009年11月7日土曜日

ヴィヨン・・・みたび

「ヴィヨンの妻」という作品は未婚の時に読むのと既婚になってから読むのとさらに子供が生まれてから読むのとでこれほど解釈がちがうだろうと予測される作品はめったにないんじゃないかと読後すぐに思った話。
ちょっとばかり頭はいいんだろうけど小理屈や勝手な哲学あたためてばかりで「夫」としてはすこぶる出来の悪い男、の妻になった女性が飲み屋でかなりの金額踏み倒したその夫の変わりにその店で働く話なんだけどこの妻が弱るどころか働くことによってどんどん生き生きしてくるわけ。まるで
水を得た魚のように。そして看板娘みたいになる、この部分だけならコメディーに等しいかもしれません。
子供がいない人はただ強い女性だなあと感心しながら読みすすめるかもしれない、でも私はこの辺の場面を「わかる、わかる」と思いながら読んでいました。せまい家でなに考えてるのかわからん子供と大した娯楽もないままに終日毎日過ごすのがどれだけのストレスか(まあこれは私の所感だけど)わかってからとわからないままだと違うということです。そして毎日が精神的に充実&安定してくると少々の夫の馬鹿さ加減も受け流せるということ。忙しかったらそれどころじゃないのだろうな。この辺は「できのよい夫」をもった私にはちょっと理解できないんだけど。読む人がどんな年代か性別かによって味が違うおもしろい作品だとおもってました。