2010年7月12日月曜日

夜な夜な話 #3 善女のパン

 昔昔あるところに陽気なパン屋のおばさんがいました。ある日おばさんのお店に一人の若者が売れ残りの古くて安いパンを買いに来ました。若者はその日を境に毎日毎日、前の日の古く固くなったパンを買いにおばさんの店にやってくるようになりました。若者の服装はいつも汚れていて貧しそうな感じでした。おばさんは勝手に考えるようになりました。「あの若者は売れない絵描きなんだわ。毎日安いパンをかじって絵を描き続けているんだわ」そう考えると急におばさんはなんとかして若者に焼きたてのおいしいパンを食べさせてあげたいと思うようになりました。でも新しいパンをいきなりプレゼントしたら気を悪くするかもしれない、そうだわっ、こっそり古いパンの中に新しいパンを入れておいてあげよう。きっとびっくりするわ・・・。
 そして次の日、若者がいつものように売れ残りのパンを買いにきたとき、おばさんは新しいパンを一つ、ナイフで切り込みを入れ、たっぷりとバターを塗って若者に何も言わず渡しました。若者はいつものようにパンを受け取って帰って行きました。それからおばさんは幸せな気分でその日一日をすごしました。(きっとあの若者はいつものように固いパンを食べようとするわ、でも今日は違うのよ、今日ばかりはバターがたっぷりのやわらかいパンが入っているの。彼はびっくりしてそれから私の親切を感じて喜んでくれるわ)おばさんはそんなことを、あれこれ考えてすっかり嬉しくなっていました。
 しかしその翌日です。若者が血相を変えて、おばさんのお店にやってきました。そして「余計なことをしやがって」と怒鳴ってパンを買わずに出て行きました。おばさんは理由がわからないので戸惑うばかり。どうしてあの子は怒ってたんだろう・・・・そのとき若者の友達がお店に入ってきました。そしておばさんに言いました。「僕が代わりにどうしてあいつが怒っているのか説明しにきました」そういって若者の友達は話をつづけました。
「あいつは、建築家で頑張ってコンクールの作品を書いていたんだ。賞がとれたら有名になれるからね。それで書き間違えたところは売れ残りのパンで消して書き直していたんだよ。それがさ、昨日やっと完成するって時にいつものようにパンで鉛筆の線を消したらさ、中からたっぷりバターがでてきて作品がもうめちゃくちゃになって応募できなくなってしまったんだよ。」
おばさんはとても悲しい気分ですごしました。消しゴムがなくてパンで字を消していた時代のお話です。チャーチャーチャーン。
※このなんともいえない話が私は好きなのですが娘には不評です。O・ヘンリーの短編小説です。

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